TETSU JUKU

塾業界や教育業界の問題に迫ります。

習ってません…

 生徒が言う「習ってません」には険がある。トゲトゲしいのだ。例えば、次のように発問する「~は何ですか?」すると「習ってません」と、返答がある。確かにそうなんだけど、普通は「知りません」もしくは「わかりません」でいい。しかし「習ってません」と来た。もちろん、言葉だから「含み」を考えないといけない。この「習ってません」にどんなl気持ちが隠れているのか…概ね次の通りだと思われる。

「習ってません(だから、答えられません、わからなくて仕方ないでしょ、わかららなくて当然でしょ、だから、僕は悪くないんです、教えていない側が悪いんです。僕ら私らには罪はありませんから、だから叱らないでください、先生あなたは叱ることはできないのです)…」

 なるほどだ。「隠された僕らの気持ちを読みとってください」ということなのだ。(それにしても言葉遣いがなかなか高度である。)それはともかく、生徒は叱られたくない。叱られないために嘘をつくこともある。まあ、当然だ。誰だって叱られたくはない。だからこの「習っていません」は叱られないようにするための一種の防御策ともとれる。それくらに「わからない」や「知りません」と答えるのは不安なのだろう。いつ叱られるかわからない。同時に「恥をかきたくもない」というのもあるだろう。そんな複雑な思いが「習ってません」として出ているのだろう。でも、それであれば頭ごなしで叱る大人や先生が悪いということになる。これは先生は特に意識しておきたい。

 別に間違えたっていい。間違うことで認識も深まり、同時に理解も深まる。勘違いは一瞬で消える。だから間違うことを怖れることはおかしいし、その必要はない。間違うということは、言い替えれば正すチャンスでもある。上手く使えば賢くなれるのだ。

 

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