TETSU JUKU

塾業界や教育業界の問題に迫ります。

義務教育を受けて辞書引きが当たり前にならないって

日本では義務教育は小中で9年間ある。まあまあ長い。でも、不思議なことがある。9年もの間義務教育をうけておきながら、身についていないことがある。それは「辞書引き」だ。小3くらいの時に辞書引きを学ぶ。そして、慣れるためにたくさん辞書を引く時期がある。辞書に付箋を貼ってあるのを見たことがるでしょう。調べたびに付箋を貼り、1年くらいたつとあの辞書になる。勉強の「見える化」の一つだ。見るだけでたくさん辞書を使ったのがわかる。(上手いことやってあるが、私はあまり好きではない。汚いからね。見栄えが悪い。終わったらはがせばいいのに…)

 しかし、その後辞書を引いているだろうか…確かに引き方を覚え、そして慣れはするが、自発的に辞書を引いている様子はない。あの付箋はなんだったんだろう…今一つ辞書を使うことの意味を理解していないし、勉強そのものが浅い証拠だ。先生も辞書の意識が低いのだろう。辞書引きをさせる前に言ってしまうのかもしれないし、先生自身が辞書を使う意味を理解してないのだろう。辞書を使って授業をするスキルがないのかもしれない。もったいない。

 そして中学生になる。英語も本格化する。しかし、学校の先生は「英和辞典」のことに一切触れない。だから下手すると全く英和辞典を引くことがなく中学生活が過ぎていく。(うちの塾はガンガンい英和辞典を使ってますが)という気持ち悪いことが起きてしまう。「何これ?」である。勉強をまともに教える気がないのだろう。学力を高めようという気がないのだ。もちろん国語辞典も引いていない。一部の意識の高い生徒だけが引いている。これはいったい何なんだろう?本当に教育機関か?義務教育に長年通って辞書を引くこともできないって本当に情けない。学力だけが問題ではない。このことに違和感を感じて欲しいものだ。

 生徒は辞書きをは面倒くさがる。でも、今は昔とは違う。電子辞書もあるしスマホもあるから、面倒くさいからで終わらせちゃダメだ。上手いことやれば生徒は辞書を引くぞ。先生の意識の問題だ。辞書引きが当たり前になると、学習が自発的になり、能動的にもなる。これが一番大きい。学習効率もよくなる。かなり大きいことなんだよ。

 ちなみにうちの塾は辞書引きは普通です。かなり授業で活用してます。辞書もたくさん置いてある。辞書引きは時間がかかるから嫌がる先生もいるが、そんなことはお構いなしだ。うちはそういう方針だ。