teTsu

塾業界や教育業界の問題に迫ります。

そんなことがよく言えますよね

 今朝から100マス計算でお馴染みの影山先生のツイートを見て驚いたのです。そのツイートがこれです。

影山先生のツイート

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学校にお願いをして、漢字の定着調査をしてもらうと、中学年の漢字が7割、高学年の漢字が6割という六年生というのは一般的。でもその調査をするとそれがわかるので2度とやるなと現場から反発が来る。ではここを改善したらと提起すると忙しくできないと。二ヶ月程度の集中指導で改善できるのに。

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 影山先生のツイートにあるように漢字ができないことは塾生の様子を見ていてもわかります。実際、中学生でも、小5小6で習う漢字は完ぺきではありません。「読み」はこなせても、「書き」の方は衝撃的なレベルの生徒は珍しくないのです。抜き打ちでテストをすると驚きますよ。そんな現状です。ですから、うちの塾では中学生に対しても小学生の漢字をテストをしています。(もちろん中学生レベルのテストもやっています)再テストもきっちり行い定着を図っています。こういうことを低レベルだ言ってと笑っているとたいへんなことになるのです。

 漢字ができないのはわかってるのでそれほど驚きません。しかし、驚くのは次の記述ですよね。「二度とやるなと現場から反発が来る…忙しくてできないと」もちろん、全学校でも全教員のことではないでしょう。地域によっても大きな差はあるでしょう。しかし、この書き方なら一人でもないですよね。無視できない数の先生がこう思っているのでしょう。驚き以外の何物でもありません。義務教育の意味がわかっているのでしょうか、また恥ずかしくないのでしょうか。

でも、忙しいのでしょうね。子供の学力がどうでもいいと思えるくらいの忙しいとはね。でも、本業を忘れるほどの忙しさなどあるのでしょうか...。残念すぎます。そして、こういう現状が放置され、黙認されている今の学校の在り方も残念です。

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進学塾tetsu/奈良市鳥見町/とりみ通り

教育は「北風と太陽」

「北風と太陽」~wikiより

あるとき、北風太陽が力比べをしようとする。そこで、旅人の上着を脱がせることができるか、という勝負をする。

  1. まず、北風が力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとする。しかし寒さを嫌った旅人が上着をしっかり押さえてしまい、北風は旅人の服を脱がせることができなかった。
  2. 次に、太陽が燦燦と照りつけた。すると旅人は暑さに耐え切れず、今度は自分から上着を脱いでしまった。

これで、勝負は太陽の勝ちとなった。

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 ご存知、有名なイソップの寓話です。示唆に富むこの物語ですが、一般的には「手早く乱暴に人を動かすのではなく、ゆっくり着実に内面から変えることで、確実に人を動かすことができる」という教訓が妥当でしょうか。親や先生はこのことを肝に銘じて教育をしなければならないと思います。

 子供を教育するためには、叱ってばかりではダメなのです。厳しく追及するばかりではダメなのです。時には叱ることなしに、子供が本心からしっかりやろう、頑張ろうと思えるような働きかけが大事なのです。しかし、叱らなくても子供は説教を嫌がります。ですから、日々の生活の中でさり気なく、じわじわとやらなければならないのです。当然、様々な話を聞かせてやることが必要です。親が子供の頃の話、特に失敗から立ち上がったような話があれば最高ですね。もちろん、偉大な人物のサクスストーリーを聞かせるのもいいかもしれません。場合によっては映画を見るのもいいかもしれません。べたなスポ根ものでもいいですよ。(その類では、アニメ「キャプテン」の映画版などは最高にいいですけどね。古いですが…)すぐに効果が表れるわけではないですが、確実に子供の心に変化の火をともすことができるはずです。でも、叱るのはやめてはいけません。両方うまくやらないといけません。

 ちなみに、「北風と太陽」といえば、私は久保田利伸ですね。残念ながら音源はありませんが、初期の久保田利伸の曲の中では最高の出来栄えです。

 

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みやぞんの言葉

 コメディアンのみやぞんの言葉がネットで話題になっており、大反響ですね。ツイッターにも流れてきました。その言葉は「自分の機嫌は自分で取って、人に取ってもらおうとしない」というものです。なるほど、その通りですよね。大人であれば、この言葉を多くの人が実践していますよね。また、この言葉を実践できないと大人とは言えないかもしれませんね。しかし、言うのは簡単なのですが、実はたいへん難しく、大人でも全員ができているとは限りませんし、実際、大反響になっているということは、上手くいっていない人も多いのではないかと思います。私自身も長時間むすっとした顔をしていることも、陰鬱な気持ちをひきずっていることもありますからね。気が付いていないだけで感情のコントロールができていないことは意外にあるのですよ。

 大人でさえそうですから、子供ならなおさらですよね。未熟で不安定な精神状態の小・中学生は本当にたいへんです。へそを曲げてしまったら3日も4日も続く子供がいますからね。その態度に対して厳しく接すればさらにこじれる場合もありますからね。親はもうたいへんなわけですよ。学校や塾では極端に機嫌のコントロールができない生徒は少ないですが、いないわけではありません。たまに、びっくりするほど機嫌が悪くなる生徒がいるのですよ。しかし、私はそういう生徒は放っておきます。あれこれ言いません。何もしてあげません。一言「不快な態度をとるな」という程度のことを言うだけです。もちろん、完全に放置ではなく様子は見ますよ。しかし、そんな生徒でも高校入試を終える頃にはうまくコントロールできるようになっています。自分自身をメタ認知できるようになれば変わるのですよ。

 それにしても、このみやぞんの言葉はたいへん重要です。改めていろいろと考える機会になりましたね。親子でも話題にしていただきたいと思います。

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自宅までの地図を毎年提出するのは謎すぎる

 小中学校では、毎年、春先には決まった提出物があります。それは自宅と学校間の略地図です。通学路の把握が目的でしょうか、それとも家庭訪問のために使うのでしょうか…。通学路の把握はたいへん重要なことです。登下校時に、万一何かがあれば通学路を中心に調べたり探したりしますから、わかっていないのは問題です。生徒の安全を考える上でも非常に大事なことなのです。しかし、今はスマホがあるので生徒の家までの道筋は楽にわかりますしので、家庭訪問のためという理由からはこの略図は不要です。

 さて、この略地図を描くのはたいへん面倒なのですよ。どのレベルまで略していいのかがわかりませんし、親は意外に町の様子を把握していない場合もあります。とにかく、面倒なのですよ。(最近はパソコンが使えますからだいぶと楽えすけどね)そして、この面倒なことを毎年しないとけないのが謎なのです。住所も通学路も頻繁に変わるものではありません。それなのに、毎年、提出しないといけないのです。これっておかしくないですか?この用紙はちゃんと学校管理にして次の学年に引き継げばいいじゃないですか。貴重な個人情報でもあるのですから、一担任の先生が管理するのではなく学校が責任をもって厳重に保管するべきだと思います。そうすれば、多くの無駄が改善され親の負担も減らせます。紙も随分と節約できますよ。

 それにしても。学校にはいろいろと改善して欲しいことが多くあります。

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親にはことわざや慣用句を使って欲しい

「足が棒になる」や「目から火が出る」のような慣用表現はたくさんあり、それらを用いることで的確に情報を伝えることができますし、また会話を楽しくすることさえできるので、たくさん知っていると何かといいのですが、このレベルの慣用表現を知らない子供は意外に多いのです。国語の授業で初めて知るのですよね。聞いたことがあるけど意味はわからないのならまだいいですが、聞いたことさえないというのですから驚きます。なぜでしょうか?読書量が足りないのしょうか?まあ、それもあるでしょうが、これは日常会話が問題ですよね。親や祖父母、先生が使ってないのですよ。周りの大人が積極的に使えば、それを聞く子供は自然と身につけて使えるようになります。言葉などそういうものですよね。このように実際に言葉遣いに変化があるのも一つの原因でしょうが、親子の接点や大人と過ごす時間の減少も背景にあるかもしれません。両親はたいへん忙しくなかなか会話する時間を持てない家庭も多いでしょうしね。大人との会話が減ると子供の語彙も貧弱なままですよ。

 私は子供の頃、日常生活で祖母や母からことわざ・慣用句をよく聞きました。何か一つの話の後にその話をまとめるように、ことわざや慣用句が出てくるのですよ。歩き回った後であれば、ほぼ100%「足が棒になる」と言ってましし。頭部や顔をどこかにぶつけて痛い思いをしたら必ず「目から火が出る」と言うのですよ。そんなことを小さい頃から日常的に聞かされるのですから、どんどん覚えていくわけですし、そういう慣用表現に対して敏感になるものです。教科書を通して、あるいは授業の中で学ぶ言葉はもちろんたくさんありますが、やはり日常生活の中で習得していくものですよ。「足が棒になる」程度の慣用句を教科書を通して学んでいるようでは、勉強は追いつきません、もっと重要で難しい言い回しを身につけないといけないのですからね。

 しかし、慣用表現が生まれた頃とは大きく世の中が変わっています。現代社会においては、これだけ交通機関や移動手段が発達しているのですからね、足が棒になるほど歩く経験はたいへん少ないし、「足が棒になる」という表現はもはや一般的でないのでしょうね。残念ながら、時代に合わない言葉は淘汰されてもおかしくはありません。

 まあ、それでも親には積極的にことわざや慣用句を日常会話で使って欲しいのですよ。非常に地味ですがこれほど後々じわじわと効いてくるものもありませんよ。

 

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