意味の分からないことば

 先生も親も、子供を奮起させるためにいろいろな言葉をつかいます。その中でもいちばん多いのが「がんばれ」でしょうね。簡単でわかりやすく使いやすい言葉です。しかし、あまりにありふれたこの言葉は薄っぺらくありがたみも、それほどのパワーを秘めた言葉でもありません。こういうある意味擦り切れた賞味期限の切れた言葉は、誰が言うかにもよって、伝わり方が違うものです。それにしても、自分もそうですが、本当に何回この「がんばれ」をつかったことでしょうか。本当に擦り切れた感じがします。

 他にもいろいろなことばがあるのですが、頻繁に使われることばの中には意味の分からないことばと言うか、理解しにくいことばがあるのです。

それは「君には無限の可能性がある」ということばです。何事も限りあります。宇宙だって無限ではないと言われています。ましてや人間のやることですから、限界があるのは明白です。無限の可能性があれば、それは神ということになりますね。この美しく響く「君には無限の可能性がある」には何の意味もなく、むしろ物事の本質さえ歪めかねないことばではないかとさえ思うことがあります。そして、さらに気になるのは、このことばの後に続くことばが、「だから、がんばるんだ!」だったりするとびっくりします。何なんでしょう、この抽象的でいい加減な励ましは、この言葉を聞いて子供は一瞬いい気分になるかもしれませんが、具体的なアクションには繋がりません。言っている方が自己満足する欺瞞に満ちたことばのようにさえ感じます。この「可能性」ということばをつかいたいのであれば「可能性はゼロではない」というのがしっくりときますよね。なによりも現実的です。

 そして、同じように「限界を超えろ」ということばもよく聞きますね。部活の指導者なんかはよく言っているような気がします。この前中2の生徒のTシャツにもこれが書いてました。さて、限界は超えることができるでしょうか?いや、超えてもいいのでしょうか?国語辞典で「限界」を調べると、「もうその先はないというぎりぎりの境目/明鏡国語辞典第ニ版」と出ています。その先はないのですよ。あったとしても破綻した状態しかないということですよね。だから、限界を超えるというのは、単純に壊れる、正常ではなくなるということを意味しているのですよ。下手したら、死にますよ。限界を超えろって遠回しに死ねと言っているようなもんですよね。メチャクチャな言葉づかいです。どうせなら、「限界に近づけ」「限界を引き上げろ」と言うべきではないかと思います。

 今回も、ちょっと屁理屈な感じが否めませんが、気になったのです。

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