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塾業界や教育業界の問題に迫ります。

定期考査の問題は統一すれば良い

 私は以前から定期考査のあり方には疑問を持っている。最も気になるのが、問題の難易度や問題数の学校による格差である。難易度は全国的に上昇しているように思われるが、依然として難易度の格差はある。難しい中学とそうでない中学ははっきりしている。当然ながら、テスト問題の難易度にあわせて生徒は勉強する。簡単だと、それなりの勉強だが、難易度が高いとそれは必死である。そのテストが一度ならともかく、三年間になるとかなりの差が生まれるのである。そして、前回にも少し書いたが、定期考査の結果が内申点に結びつくのだから、公平であるはずの入試がすでに公平でもはないのである。中学校の定期考査のレベル格差が著しく入試に影響を与え妙な事になっているのである。私立中学では学校によるレベルも目標もはっきりと異なるので差があるのは当然である。でも、公立中でのこの格差というのは大問題である。さらに、基本的に学校は選べない。地元の決められた学校に行かなければならないのである。この中学校による格差はもはや公然の秘密のようになっているが、政治家や役人たちはどう考えているのか…。

 さて、そこで提案だが、定期考査は都道府県や国が作る共通の問題にしてはどうだろうか。指導要領は文科省が決めているのだから、検査するテストも文科省が作れば良い。そうすることで、あらゆることが統一され格差は消える。全国どこでも公平に定期考査が受けられるのである。もちろん、試験日は統一で全国一斉実施。となると、カリキュラムの遅延は許されない。わけのわからない進み方も許されない。先生が欠勤し穴があいた授業を放置することもできなくなる。現場が放置しているネガティブな問題を一掃できるかもしれないのである。そしてもう一つのメリットは先生の評価の客観性も上がるというものだ。ダメな先生をあぶり出すことも容易である。また、忙しい先生の負担も軽減できるでしょう。

 しかし、良いことばかりではない。現場の先生が試験問題を作らなくなると、先生としての力量に影響を与える危険性がある。先生は問題を作ることで指導スキルを向上させる面あある。例えば、(   )の数を一つ増やすことで変化する難易度をしっかりと認識するのである。この感覚は授業をする上ではたいへん重要で先生のスキルに影響を与えるのである。だから、問題を頻繁に作っている先生は授業がうまい。そういうものである。何事も完璧なものなど無いが、デメリットよりもメリットが上回るのであれば価値はある。

 さて、このようなことを考えているの先生は実は少なくない。学校の先生はわからばいが、塾の先生にはこういう考え方の先生はかなりいる。暴論に思えるかもしれないが、突飛なことを考えるときに副次的なアイディアも生まれるかもしれないので、こういうことを話題にすることは悪いことではない。

 

進学塾teTsu/塾長栗本博也

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