できない生徒の思考パターン

できる生徒とできない生徒の根本的な違いはその思考パターンである。

 

具体的に言うと、

 できる生徒は、教えられたルールや法則に基づき思考する。

 できない生徒は、断片的な知識と経験をもとに勝手な想像する。

ということである。もちろん教科によっても違いがあるが、私が普段教えいる英語でこれが当てはまることが多い。

 

どういうことか、具体的に見てみよう。

例えば、She hepled her mother in the kitchen.という文がある。中1の基本文である。

普通に和訳すると、「彼女は台所で母を手伝いました。」となる。

主語はshe 、動詞はhelped、 目的語はher motherだからこれ意外は考えられない。

(もちろん、日本語は語順を変えても成立するので入れ替えは可能ですが。)

 

しかし、これができない生徒が和訳すると次のようになる。

彼女の母は彼女が料理を作るのを台所で手伝った。」

完全にルールを無視して訳している。

どういうわけか、最初に、この生徒は主語のshe ではなくher motherに気がいってしまったようだ。それを先に拾ったものだから、「彼女の母を」ではなく「彼女の母は」としてしまったのである。動詞の前の語が主語なのに、この生徒の場合は、一番最初に訳す語が主語なのである。これが悲劇の始まりだ。普通なら、途中でsheが主語であることに気が付いて考え直すのだが。この生徒の場合は、教えられたことを無視して、(正確には忘れてしまっている)勝手にストーリーを作ってしまうのだ。分かる単語を適当につなぎ合わせて「彼女の母は」から始まる文を勝手に作ったのが、この「彼女の母は彼女が料理を作るのを台所で手伝った。」という文である。

おそらく、自分の体験とオーバーラップしているものと思われる。「これは、この前私が経験したあのことを言ってるに違いない。」という思いが一瞬駆け巡ったかもしれない。あるいは、こんな風になって欲しいという願望の表れであるかもしれない。これは思考ではない。論理も法則も何もない。断片的な知識と経験に基づく予想であり、ただの想像である。ファンタジーと言っても過言ではない。思考が完全に止まる場合は、思考の順番を説明して考え方を教えてあげれるばいいのだが、この勝手な「暴走」はたいへん質が悪い。矯正には時間がかかる。

 

まとめると、

できる生徒は現実的であり、できない生徒はファンタジー的とも言える。

このファンタジーの世界に半分浸っている限り、ルールや法則に基づく論理的な思考ができない。正しい方法で考え答えを出す経験をたくさん積むことが必要なのだ。これは勉強以外のことでも言えることだ。生きていく上でも大きな問題となるところである。

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