teTsu

奈良市のとりみ通りにある進学塾teTsu塾長のブログです。日々の授業で感じることや教育業界の問題点、たまにどうでもいい趣味の話をつづります。

長い説教

前回の中1は気合が入っていないので説教をしたが、時間にして10分程度である。それ以上の長い説教は時間の無駄である。長くなれば同じことを繰り返す危険性が増加し、勢いも少しずつ衰えて、変にやわらかい終わり方になったりすることもあり、説教の意味がなくなってしまう。一番効果の高いところで終えるべきだ。

 

1年に1回くらいは長い説教もありだと思うが、30分以上の長い説教が頻繁にあるような塾は考えものである。長い説教が頻繁にあるのは先生の焦りの表れである。自分のイメージ通りに生徒が動かないことに対する苛立ちだ。要するにその先生の指導スキルが低いことと、謙虚さが欠落しているのが頻度の高い長い説教というかたちで現れる。

 

中には長い説教をすることが「教師の熱さ」と勘違いしている人もいるだろうし、長い説教をしている自分に酔っているような人もいるだろう。生徒からするとたまったものではない。長い説教は「おかん」と同じである。長くなれば過去のことを引っ張り出すこともあるだろう。ますます「おかん化」する。先生とおかんの影が重なったとき生徒はその先生を否定する。ますます負の螺旋に引き込まれてしまう。

 

生徒の反応や様子が悪いのは半分以上は先生の責任である。

それを忘れて説教ばかりしても何も生まれない。