teTsu

奈良市のとりみ通りにある進学塾teTsu塾長のブログです。日々の授業で感じることや教育業界の問題点、たまにどうでもいい趣味の話をつづります。

塾はただではない

 言うまでもなく塾はただではない。決して安くもない。どちらかといえば高い方だろう。時間だって費やしている。それも、結構な長時間である。貴重な金と時間をつぎ込んで通っているのである。しかし、そのことの重みをなかなか感じられない子供が本当に多い。小学生ならまだしも、中学生にもなればそれではいけない。自分の家の様子もわかるだろう、親が苦労しているのもわかるはず。いや、わかろうとしないといけない。毎日、ちゃんと食事ができて、服も与えられれ、ネットも使い放題、存分に部活もできて更に塾にも通わせてもらって、挙句の果てにスマホまで買ってもらって、もうほんとに満たされ過ぎだ。そんな満たされた裏には親の苦労や努力があるということを知らないって、あまりにも鈍感すぎる。それでは、友達付き合いもできないし、まともに仕事もできないだろう。大人になってやっていける気がしない。

 親は自ら子供にこういうことは言えない。というか言いにくい。黙っているものだ。

だから、私はたまに教室でこういうことを話す。保護者会や懇談会で言うこともある。いくら先生でもくどくど言うとダメだから、年に数回程度にはしている。難しい年ごろだから全部わからなくてもよい。少しも理解できれば、知っているだけでもいいのだ。それは、成長過程でも必要なことだし、勉強にも影響がでることだしね。

 今日もある生徒にそういう話した。わかったかどうかは今後の言動で確認する。楽しみだ。

 

                                 進学塾teTsu

                                  塾長栗本

 

布団を着る?

 先日、教室で「布団をかぶる」か「布団を着る」かという言葉づかいで生徒とちょっとした論争になりました。私はもっぱら「布団を着る」という方を用いるのですが、頭までふとんに入るときは「かぶる」と言い、首までの場合は「着る」と使い分けているのですが、そんなことを言わないと言う生徒が非常に多くいました。「布団を着る」なんて聞いたことがないと主張する生徒が圧倒的だったのです。基本的には「布団をかぶる」または「布団をかける」と言うということでした。しかし、驚きましたね。自分の言葉遣いが普通だと思っていたので、衝撃的でした。気になったので、調べてみるとこの話題を扱ったページがたいへん多いことに驚きましたね。やはり、こういった論争がいたるところであるようです。さて、いろいろ読んでいるとどうやら「布団を着る」は方言としての扱いのようですね。特に九州方面では普通に使ってるようですが、全国的に用いられているようですね。また、江戸時代関東には「かいまき」という夜具があり、それを着て寝ていたという記事もありましたね。しかし、どのページも学術研究レベルではなく、厳密にはどのレベルの方言なのかはわかりませんでした。

 それにしても、やっぱり頭を覆うことに「かぶる」という言葉を用いる方が自然だと思っています。一体どうなんでしょうね。面白いので研究テーマの一つにしたいと思います。

 

習い事よりも大事だと思うこと

 今更だけど、我々が子供のころと比べると今の子供はたいへん習い事が多い。3つ程の習い事を掛け持ちする子供は決して少なくない。最低でも何か一つはやっていようだ。子供の将来を思って習い事をさせるケースもあるだろうし、子供がやりたがるのでやらせているようなケースもあるだろう。時間と金が許すのなら、いろんなことを経験させるのはいいことだと思う。

 しかし、子供が幼いとき、特に就学前は習い事でがんじがらめにするよりも、親が一緒に遊ぶことの方が大事だと思う。一緒に遊んでいろんなことを教えてやるのである。休みの日は一日中一緒に遊んでいろいろなことを体験すればいい。子供がやりたいことも、子供がやりたくなくても、親の趣味や好みを押し付けてもいい。とにかく、子供を振り回せばいいのだ。そして、歌もたくさん聞いて歌って、アニメも一緒に見て、時には絵を描いたり、工作するのもいい、穴掘りするだけでもなかなか楽しいぞ。お店屋さんごっこも相当な楽しさがある。そして、いろいろなことを語ってやり、子供の言うことも聞いてやればいいのだ。こういったことを通して教えたいのは、まずは言葉である。どんどん、大人の言葉を与えていけばよい。自然に覚えてしまうものだ。そして、工夫の仕方。こどもは同じことばかりやりたがるが、工夫すれば楽しさが変化することを教えてやるのだ。そのうち、自ら工夫をするようになる。

 そんな感じで日々一緒に遊んでいると、子供の成長もよくわかるし、子供の良いところも悪いところも見えてくる。そういったことを踏まえてわが子をしっかりと理解した上で就学後の教育方針を検討すればいいのである。まあ、実際はそれどころではない忙しい人は多いだろうけど、わが子のことなのだから、無理するべきだと思う。

 ちなにみ、子供雑誌の付録を組み立てるのは恐ろしく大変である。これが相当な高度なレベルなのだ。子供には絶対無理。まあ、最初から親に作らせるつもりだろうが、かなりの忍耐力が要求さえれるのだ。でもね、完成した時の達成感は圧倒的だし、子供からはたっぷりと尊敬をしてもらえるという果実も待っている。

 

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遣唐使が参拝した神社に現代の我々が参拝できることのすごさ

 奈良県天理市大和神社(おおやまとじんじゃ)という神社があります。その分霊が、戦艦大和にも祀られたことでたいへん有名です。しかし、この神社のすごいところはそんなところではないのです。境内の端の方に小さな小屋(四畳半程度)があるのですが、そこには戦艦大和の模型が展示されいるのです。けっこうな立派な模型もあり、マニアにはたまらないと思います。戦艦には興味がなくても見ごたえは十分でしょう。

 さて、この神社は古代、あの遣唐使が航海の安全祈願をしたといいます。そこから旅をする前に、人々が参るようになったらしいのです。そういうこともあって、分霊が戦艦大和祀られているのだそうです。でも、すごいですよね。遣唐使といえば歴史で学習たあの遣唐使ですよ。「吉備真備」とか「阿倍仲麻呂」とかですよね。そんな遣唐使が参拝した神社がまだあって、その神社に21世紀の我々も参拝できることがすごいじゃないですか。遣唐使が行われたのは630年~894年の間です。短く見ても約1000年前ですからね。なんかロマンを感じずにはいられないですよね。しかし、見逃してはいけないのは、ロマンではなくて、それほど長い間日本は平和だったということです。もちろん内乱はありましたし、戦国時代もありましたよ。でも、外国から侵略を受けてすべてを破壊されて、焼き尽くされたということはなかったですからね。そして、大事に神社を守ってきた日本人の精神性ですね。たとえ、平和であっても長い間絶やさずに大切にすることって簡単ではないですからね。ということで、神社ひとつとってもいろいろなことを考えるきっかけを与えてくれるのですから、やっぱりすごいのです。でも、こういうことって授業では習わないのですね。こういうことを夏休みの自由研究にするといいでしょうね。

 

塾の合宿で7万円!

 大手塾ではほぼ勉強合宿をしていますね。合宿というと受験学年のイメージですが、他の学年でもありますね。また、一年に一度と思いがちですが、塾や学年によっては2回以上のところもありますよね。そりゃあ、合宿は儲かりますからね。たかだか2泊や3泊で5万円以上取るのですからね。合宿の期間や施設にもよりますが、6万円程度が多いのではないでしょうか。中には7万円を超える塾もあるようです。夏休みは授業が増えますから、その分授業料が割り増しです。授業だけで安くても5万円程度はかかります。高い塾だと8万円ほどかかるところもあります。それに合宿費用が乗っかりますから、8月の支払いが、大体10数万円になるのです。高いところだと、15万円近くになりますよね。ちなみに、これは集団指導の場合ですからね。個別指導だと、合宿なしで12万円~15万円程度は珍しくありません。それにしても、衝撃的な値段ですね。一般家庭でひと月でこの費用は厳しいですよ。

 それでも、合宿に値打ちがあればいいですけどね。たかが2泊や3泊で力はつかないとは言いませんが、期待するほど学力が上がるわけではありません。受験を突破する実力などそう簡単につくわけはありません。弱点補強ができる程度です。(それも大事ですが)そんなことはわかっていても、大金を払う親としてはある程度の効果を期待してしまいます。大きな力が付くことを望むのですよ。

 しかし、私は合宿を全否定するつもりはありません。合宿にもそれなりのいい点がありますし、普段できない経験をすることは良いことです。勉強しかしない、勉強のことしか考えない3日間があってもいいじゃないですか。限界は越えられませんが、限界近くまで自分を追い込み勉強に打ち込む経験も大事なのですよ。合宿を経験することで受験生としての自覚がはっきりとし、モチベーションがドカンと上がればいいなと思います。ですから、もっと安くあるべきなのですよ。この合宿については大きな塾は完全に商売になっているような気がしますね。